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NPO賢和会 「男の台所」

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塾長日記  平成207

平成20年7月15日

 わたし自身 近頃身の震えるような感動を覚えることが少なくなってきているのは、年齢のせいか はたまた世の中のせいか? それが 久し振りで心の底からの感動の幸せを味わったお話にお付き合いください。

 それは、先月のこと 山形村山市に「蕎麦」を食べにゆく機会があった。その道の通人に人気の「あらき」そばである。素朴な民家の座敷をそのまま利用したことろであった。
人気の蕎麦屋なので昼時などは大分待つことになると聞かされたので10時30分頃に到着待つこともなく座敷に通された。蕎麦を切るリズミカルな音の中、初めての店なので周囲を見るとはなしにみていたら、鴨居に墨痕鮮やかなA3ほどに書かれていた文面に釘付けになり、次第に感動で高揚する心の震えをおさえることができず絶句していまった。わたしを案内した友人はわたしのただならない様子を気遣ってくれた。
 わたしは言葉がでず、指をさすだけであった。そこに書かれていたことは休日をいただきたい旨のお願い、ただそれだけのことであった。
 
 此の度恐縮乍ら 旧習を刷新あらたに毎水曜日定休にて 一同再行脚致します
 此の段御海容の上 更なるご贔屓伏して願い上げます
                                店主敬白

 わたしは 再行脚 致しますという前向きな姿勢に感動をしたのである。また、近頃
これだけへりくだった文面を見たことがない。
 再行脚であるから、更なる修業をいたし皆様に楽しんでいただける蕎麦を打うてるように休養させてくださいとの意。なんたる簡潔・率直な前向きな決意表明であろうか。
 行脚であるから「仏教」に深く帰依した人であればなるほどと得心がゆくのだが、田舎のそば屋の店主という市井のひとのことばとして受け取ったとき急に震えがきた。
 わたしは自分の生きたの目線として早速インプットさせてもらった。その亭主の打ったそばも味の細やかなものであった。二枚も頂戴した次第。
 
平成20年7月14日
パリ祭・ペリー上陸記念日
 8月1・2日の「男の台所」の学習メニューに「冷しそうめん」が登場する。お中元には今でも「冷麦・そうめん」は定番である。蕎麦屋に入っても「冷麦始めました」の張り紙が目につく。そうめんは夏の季節商品として、季節の味覚を知らせてくれるものである。
 私の場合、〇〇を食べたくなるという条件反射が体内時計のように組み込まれている。

例えば12日の夕方今年初めて「ひぐらし」の声を聴いた。カナカナと拙く細く鳴くその声は私の五感経由で「そうめん」が食べたいと脳を刺激する。カナカナの声を聴いたその夜は急遽メニューと変更なり「そうめん」を楽しむことになる。
 そうめんは細くて繊細な感触を楽しむところが特徴である。麺類には製法にから3種類に分類される。うどん・そばのように切って作るもの、いま流行の「冷麺」とか「スパゲッティ」のようにノズルから押し出すもの、そして、捏ねたものを引き延ばす製法がある。
 そうめんは、引き延ばす方法により作られたものである。日本農林規格(JAS)によれば「手延べそうめん類」として、小麦粉を原料として、これに食塩+水などを加えて練り合わせた後、食用植物油を塗布してよりをかけながら順次引き延ばした丸棒状のめんで、熟成が行われたもの」と規定されている。これは太さによって区分され、手延そうめんは直径1.3mm未満のものをいう。ちなみに「手延べうどん」は1.7mm以上である。
 今年の宮城は「空梅雨」になりそうである。カナカナは梅雨明けが真近いことを告げている。冷たい水に浮かして食べるそうめん、特に青竹と清冽な水の流れと白い肌のそうめんとの組み合わせ(素麺流し)は日本の食文化の極致である。
   江戸時代の川柳に
        ・紙の帯 解いて素麺 湯に入り 
  一把ずつ紺(黒)色の紙で束ねられているそうめんを茹でる様子を詠んだものです。


        ・さうめんの淡き昼餉や街の音    草間 時彦
        ・うまうまと独り暮しや冷素麺    山田みづえ
        ・婆とゐて素麺好きに育ちけり    平野 彩霞


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